東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1385号 判決 1972年10月25日
原告
遠藤きみよ
被告
丸善自動車交通株式会社
ほか一名
主文
1 被告らは各自原告に対し金六五万四〇三三円およびこれに対する昭和四五年四月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。
4 この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは各自原告に対し金三五〇万円およびこれに対する昭和四五年四月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二原告の請求原因
一 (事故の発生)
原告は次の交通事故により受傷した。
(1) 日時 昭和四二年一〇月一日午前一時一五分頃
(2) 場所 東京都渋谷区代々木二の一〇先路上
(3) 加害車 営業用普通乗用自動車(練馬五く七八五号)
右運転者 被告松本宏一
(4) 事故類型 歩行者である原告に加害車が衝突した。
二 (責任原因)
被告らはそれぞれ次の理由により、原告の本件事故に基づく受傷損害を賠償する責任がある。
(一) 被告丸善自動車交通株式会社(以下被告会社という)
被告会社はタクシー業者で、加害車をその営業の用に供し、よつてその運行供用者であるから、自賠法三条の責任がある。
(二) 被告松本
被告松本は加害車の運転者として、高速度で加害車を運転し、かつ前方注視を怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。
三 (損害)
原告は本件事故により頭部外傷兼後頭部挫創、腰椎第三、四、五、横突起骨折、骨盤(恥骨)骨折、右大腿筋開放性断裂、頭部外傷後遺症の傷害を負い、二月間の入院の後通院治療を続けたが、現在なお頭痛、悪心、めまい、視力障害、思考力減退、四肢の知覚異常、頸部痛、上下肢弱力、腰痛等が残り、これら後遺症は自賠法施行令別表後遺障害等級表七級四号に該当する。
これによる原告の損害の数類は以下のとおりである。
(一) 治療費 金四九万一〇八三円
(二) 休業損害 金一一二万五〇〇円
原告は事故当時バー「オー・オー」に勤務し月四万五〇〇〇円の収入を得ていたところ、右受傷のため昭和四二年一〇月一日から昭和四四年一〇月末日まで二五月間全く働くことができず、このためその間の得べかりし収入一一二万五〇〇〇円を失つた。
(三) 後遺症による逸失利益 金二一五万九六一九円
原告は昭和三年一〇月一七日生れの女子で、昭和四四年一〇月当時満四一歳であるから、而後二二年間は稼働しえて、右月額四万五〇〇〇円の収入を得べかりしところ、前記七級該当の後遺症のため労働能力の五六パーセントを失つたものとみるべきである。よつて後遺症による逸失利益現価は、ホフマン法計算により年五分の中間利息を控除して算出すると、四四〇万八九九二円となる(四万五〇〇〇円×〇・五六×一四・五八=四四〇万八九九二円)が、もし右方法による算定が不適当としても、昭和四二年度における企業規模五ないし二九人の事業所の全産業常用労働者の女子平均月収は二万二〇四二円である(総理府統計局編日本総計月額報昭和四三年一二月号)から、これを基礎として右同様の方法によつて算出しても、逸失利益現価は二一五万九六一九円である。
従つて逸失利益額は二一五万九六一九円を下らない。
(四) 慰藉料 金一五〇万円
四 (結論)
よつて原告は被告ら各自に対し、以上損害合計五二七万五七〇二円のうち金三五〇万円とこれに対する損害発生後の昭和四五年四月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
請求原因第一項の事実は認める。
同第二項(一)の事実は認める。同(二)の事実は争う。被告松本に過失がないことは後記被告会社の免責の抗弁のとおりである。
同第三項の事実中、治療費の額は認めるが、その余は全て知らない。
第四被告らの抗弁
一 (被告会社の免責)
本件事故現場はいわゆる甲州街道上で、横断禁止の規制がありしかも歩車道間にガードレールが設けられている。原告は飲酒酩酊し、夜間識別し難い黒色のコートを着て、横断禁止に反し道路を横断すべく車道上にとび出し本件事故に遭つたものである。被告松本は加害車を運転して車道中央線寄りを走行中、進路左側から突然原告がとび出してきたので、直ちに制動措置をとつたが間にあわず加害車右前方フエンダー部分を原告に衝突させたもので、かかる場所であらかじめ歩行者のとび出しを予見することはできないし、当時現場は暗かつたので、より早く原告を発見することもできなかつた。
従つて被告松本には本件事故発生につき過失はなく、本件事故はひとえに原告の過失に基づくものであり、また運行供用者たる被告会社に被告松本に対する選任監督上の過失もないし、加害車に構造上の欠陥や機能の障害もなかつたから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。
二 (過失相殺)
仮りに被告らに賠償責任があるとしても、本件事故の原因の大半は原告の右過失にあるから、賠償額の算定上これを斟酌して大幅の減額をすべきである。
三 (弁済)
被告会社は原告に対し本件事故に基づく損害賠償として次のとおり各費名下に合計金一七二万九一四〇円を弁済した。(ただし(6)は原告が自賠保険から受領した。)
(1) 治療費 金四六万七四〇二円
(2) 付添費 金九万三二八〇円
(3) 寝具代 金五九六〇円
(4) 雑費 金二万円
(5) 休業補償 金三六万二四九八円
(6) 後遺障害補償 金七八万円
第五抗弁に対する原告の答弁
一 (抗弁第一、二項について)
本件事故現場が甲州街道上で横断禁止規制があり、歩車道間にガードレールが設けられていることおよび原告が黒色のコートを着ていたことは認めるが、その余の事実は争う。ガードレールは切れ切れに設置されていて切れ目が多く、原告は横断禁止の規制を知らなかつた。現場は新宿南口の近くで付近のネオンサインや街灯等で明るい。原告は酒を飲んではいたが酩酊はしていなかつた。また原告はタクシーを拾おうとして車道上に出たのであつて、横断しようとしたのではない。本件事故は、被告松本が時速八〇粁の高速で加害車を運転し、しかも前方注視を怠つた過失により発生させたものである。
二 (弁済について)
全て認める。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 (事故の発生)
請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 (事故態様)
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。
本件事故現場は、東方新宿駅南口方面から西方初台方面に通じる通称甲州街道(以下本件道路という)上で(甲州街道上であることは当事者間に争いがない)、北方から幅員一〇米の歩車道の区別のない道路がT字型に交わる地点付近であり、本件道路は車道幅員が二五・七米、車道の北側には縁石をもつて区画されかつガードレールの設置された幅員七米の歩道が、南側にはガードレールで区画された幅員数米の歩道がそれぞれ設けられているが、南側のガードレールはところどころに切れ目がある。現場付近は、制限時速四〇粁、歩行者横断禁止の規制があり(横断禁止の点は当事者間に争いがない)、夜間は付近の商店街の照明や街灯があるがあまり明るくはない。事故当時は雨あがりで路面は湿潤していた。
被告松本は加害車を運転して東方新宿駅南口方面から本件事故現場に差しかかり、進路前方を左から右に移動する原告の姿を認めると同時に急制動の措置をとつたが及ばず、加害車右前部を原告に衝突させ、右前輪二一・二米、右後輪二八・三米、左前輪一一・五米のスリツプ痕を残し、衝突地点から左前方に約二〇米進んで停止した。原告は黒色のコートを着て(この点は当事者間に争いがない)本件道路南側の歩道のガードレールの切れ目から車道上に小走りに駆け出して加害車に衝突され、はね飛ばされて中央線上に転落した。衝突地点は車道南側端(ガードレールの延線)から九・三米道路中央寄り、従つて道路中心線から路三・五米ほど南側歩道寄りの地点である。
右のとおり認められ、また、右スリツプ痕の長さからみて加害車の速度が制限時速を超えていたことは優に推認でき、当時路面が湿潤でスリツプし易かつたことを考慮しても、概ね毎時六〇粁程度の速度であつたと考えられる。以上認定を左右するに足りる証拠はない。
そして衝突地点が車道端から九・三米の地点であることから考えると、被告松本が制限速度を遵守したうえ前方に対する注意を尽して加害車を運転していれば、衝突地点までもつと時間的余裕をおいて車道上に駆け出した原告の姿を発見しえ、制動およびハンドル操作により原告との衝突を回避する余地があつたものと認められる。
三 (被告らの責任原因)
前項認定の事実によれば、本件事故は被告松本の制限速度違反の過失によつて惹起されたものであるから、同被告は民法七〇九条に基づき原告の本件受傷損害を賠償する責任があり、また被告会社が加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがないところ、運転者たる被告松本に過失がある以上被告会社の免責の抗弁は理由がないから、被告会社は自賠法三条に基づき右同様の責任がある。
四 (損害)
(一) 〔証拠略〕によると、原告は本件事故により頭部外傷兼後頭部挫創、腰椎第三、四、五横突起骨折、骨盤骨折(恥骨骨折)、右大腿筋開放性断裂の傷害を受け、東京都立大久保病院に事故当日から昭和四三年一一月二四日まで入院し、その後昭和四六年四月三日まで実日数一二〇日にわたり治療を受けたが、なお自覚症状として頭重感、頭痛、頸部痛、脱力感、嘔気、視力調節障害等の神経障害ならびに上下肢のしびれ感、放散痛などの神経根症状の後遺障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができない状態にあつて、これは自賠法施行令別表後遺障害等級表七級四号に該当し、右症状は昭和四四年五月一五日頃固定したことが認められる。〔証拠略〕によれば原告の後遺障害は自賠責保険の査定上右九級一四号と認定されたことが認められるが、〔証拠略〕による担当医師の判定を左右するに足りる適格な資料がない以上、訴訟上右医師の判定に従つて判断するのほかはなく、右自賠責保険の査定自体はこれを左右するに足りない。
そしてこれによる原告の損害の数額は以下のとおり認められる。
(1) 治療費 金四九万一〇八三円
当事者間に争いがない。
(2) 休業損害 金一〇二万六〇〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告は事故当時バー「オー・オー」に勤務し、一日一五〇〇円月間四万五〇〇〇円の収入を得ていた(〔証拠略〕に照らし措信しえない。)ところ、右受傷のため事故直後から症状固定後若干の時日をみて昭和四四年五月末頃までの二〇月間は全く働くことができず、この間の得べかりし収入九〇万円を失つたことが認められ、これは前認定の受傷の程度に照らし本件事故と相当因果関係ある損害と認めうる。
原告は、右以降昭和四四年一〇月末頃までの五月間も右同様全く働きえなかつたと主張し、原告本人の供述もこれに副うが、前認定の受傷の程度、固定した症状の程度、受傷後既に二〇月にわたる治療を受けていることなどに照らし、この間全く稼働しえない状態にあつたとまでは肯認し難く、この期間は、次項の損害と同様五六パーセントの稼働能力を喪失した限度で本件事故と相当因果関係を認めうるものというべく、そうするとこの期間の損害は一二万六〇〇〇円(四万五〇〇〇円×〇・五六×五)とみるべきである。
よつて原告の休業損害は、右合計一〇二万六〇〇〇円の限度で本件事故に基づく損害と認めうる。
(3) 後遺症による逸失利益金二一五万九六一九円
原告は昭和三年一〇月一七日生れ(〔証拠略〕)で、昭和四四年一一月当時において満四一歳の女子であるから、右以降少なくとも一〇年間は前認定の程度の収入をあげうる能力を有していたものと考えられるところ、前認定の後遺障害のため稼働能力の一部を失つたことが明らかである。そして前認定の後遺障害の程度と労働省労働基準局長通達昭和三二・七・二基発五五一号労働能力喪失率表に照らし、その稼働能力の五六パーセントを本件事故のため失つたものと認めるのが相当であるから、その稼働能力喪失損害の現価は、年毎ライプニツツ式計算により年五分の中間利息を控除して算定して、原告主張の二一五万九六一九円を下らないことが計数上明らかである。
(4) 慰藉料 金一五〇万円
以上認定の原告の受傷および後遺障害の程度に鑑み右金額が相当である。
(二) 過失相殺および一部弁済
前第二項認定の事実によれば、本件事故発生には、原告が、歩行者の横断が禁止されている場所でガードレールの切れ目から車道上に小走りに駆け出した過失が寄与していることが明らかであり、また右認定事実によると原告は車道上に出るに当り右方からの車両に対する安全確認が十分でなく、このことも本件事故の一因となつたものと推認される。原告は本件道路を横断しようとしたのではなく、通りかかつたタクシーを止めるために車道上に出た旨主張し、当裁判所としてはそのいずれとも断定しかねるが、前認定のとおり衝突地点が車道端から九・三米も道路中央寄りであり、原告がその地点まで駆け出したとすれば、それが仮りにタクシーを止めるためであつても、危険性において横断歩行と何ら異るところはない。また原告の過失と対比すべき被告松本の過失の程度を考えるに当つては、原告が深夜さして明るくもない場所では発見し難い黒色のコートを着用していたことも、有意的に考慮する必要がある。他方深夜であることに気を許し制限速度を毎時二〇粁程度超える速度で加害車を運転した被告松本の過失も、往々にしてあり勝ちなことながら決して軽いものとはいえない。これらの事情および前第二項認定の事故態様を綜合判断して、本件賠償額を原告の全損害の四五パーセント程度に減額するのが相当と認める。
ところで被告の抗弁第二項(弁済)の事実は当事者間に争いのないところ、これによれば原告は叙上の損害の他付添費九万三二八〇円、寝具代五九六〇円、雑費二万円の損害を受けたことが明らかであるから、これを叙上の損害に加算すると、原告の総損害額は五二九万五九四二円となるところ、原告の右過失を斟酌して賠償すべき額を二三八万三一七三円に減額する。そして原告が本件受傷に基づく損害賠償として被告会社および自賠責保険から既に一七二万九一四〇円を受領済みであることは当事者間に争いがないから、これを控除すると残額は六五万四〇三三円となる。
五 (結論)
以上の次第であるから、原告の本訴請求は被告ら各自に対し右六五万四〇三三円とこれに対する損害発生後の昭和四五年四月二三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浜崎恭生)